そういえば随分前に、たまたま某所に私がいましたら、あらちょうどよいところに…と、原稿執筆を頼まれました。えぇ、ノーギャラで。
発行部数が2千枚ぐらいのようでしたので、あまり目にする人はいないでしょう…
テーマが私の興味のストライクゾーンでしたので、はりきって、丸一日以上かけて、依頼された何倍もの文字数の原稿を書きましたら・・・当然、ボツになりました。
(別な形で、意見として活かしていただきましたが。。。)
そして、15分ぐらいで、さらさら~っと、依頼主の希望に合いそうな内容で書いた原稿が採用されました。
確か最近の新聞で、秋田の小学生数がピーク時の1/5になったと書いていたように記憶しております。実はかなり深刻なことだと思われます。
しかし、確かに少子化対策は大事でしょうけど、それだけだと片手落ちの政策。
世の中の若者を見ると、果たして現状の方向性のまま子供が増えたところで、日本の将来像がどうなっているか想像すると・・・
自立できない若者が増えたところで、社会保障制度等の問題は改善しないでしょう。
様々な問題の解決は、頼もしい若者達が育っている前提での話しになるはずです。
経済は人口が増えさえすれば回復する(=税収も増える)というような単純なものではありません。
近隣アジアの成長が目覚しい中、日本の成長は鈍化。
少子化が改善したとしても経済見通しは楽観視できないように思います。
現状を打開できるような人材育成が望まれるところだと思います。
「人づくり」には時間がかかります。
「量」も「質」も向上させられることが理想ですが、「量」の政策がかんばしくなく終わっても、「質」によりカバーされることは考えられます。しかしながら、「量」だけを求めた場合は、更なる社会問題が発生していることが懸念されます。
(心の病や自立心のない若者の増加により社会的扶養者の増加等)
・・・・・というような内容を、ボツになった原稿には延々と書きました(笑)
世界の中でユダヤ人の優秀さが際立っているのですが、もし日本人も江戸時代の子育て・人づくりの考えがずっと続いていたのなら、ユダヤ人と並ぶぐらいにノーベル賞受賞者がたくさんいたりという状況になっていたかしらと妄想する…
昔の日本は本当に「人づくり」が優れていたのですよ。それが戦後まもなくはまだ余徳があったものの、GHQなどによる外圧により、ぐちゃぐちゃになってしまった。
どんな教育をしたかの影響は大きい…
「三つ心、六つ躾、九つ言葉、文十二、理(ことわり)十五で末決まる」
(詳しくは→ http://www.edoshigusa.org/about/genealogy3/23/ )
そのもと乱れて末治まる者はあらず。
昔の人が言っております。自分の国をよく治めようと思ったら、先ず自分の心を正しくしたと。自分の身を修めることが本(もと)であり、その本である自分の身が乱れて、家をはじめ国や天下が修まることはないと・・・
(by大学)
まず人間としての土台が大事だと思う。
いくら頭がよくて知識があっても、思いやりのない子供を育ててしまったら、その子育ては失敗だと思う。
三つ心、六つ躾・・・
文明は進化したかもしれないけれど、人間づくりを重視して、15歳には大人扱いされて自立心もった若者が多かった昔に比べて、いまの日本は実年齢に比べて、かなり精神年齢レベルは後退したんじゃないかと思ったりします。。。
いじめの問題も、なにかと学校が責められるけど、
本来、一番に責められるのは、加害者の子供の親が、どのような子育てをしてきたか?、なんじゃないかと思ったりします。
本末転倒… 最近あった いじめ事件は、PTA会長とか外部の活動を一生懸命やっても、肝心の自分の子供はよく見てこなかった…ってところでしょうか?
年齢が低いほど、知識を増やすための教育より、心を育てる教育が大事だと思うのですが、テストの点数だけ見て喜ぶ親も多いのかなぁ・・・
確かに学校の対応は問題ありますが・・・、思うところあるのでした。
あ、長文になってきましたので、このへんで・・・
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