だらだら

》 旧ブログ記事(2010年以前)

うーん・・・
だらだらして過ごしています。
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・出てくる気がないんですかねぇ・・・
健診の補助券がなくなりました。来週からの病院の健診は全額自腹ですかね・・・
予定日より早まって補助券が余る人もいれば、足りない人もいるわけで。私は後者になりそうです(泣)。
健診の補助が出るだけありがたいのですが、市への要望として、あと2枚ぐらい、使う、使わない別に余分に補助券が欲しいかも、と思いました。
出産日近くなれば、寝れなくなるとかという話を聞きますが、そんなことなく、まったくもって昼も夜も睡魔に襲われまくってます。
出てきそうな兆候、まったくなし。
普通に買い物いったり生活できてます。


6月入ったら、いろいろ出来なくなるかなぁ~と思っていましたが、やろうと思えばいろいろ出来てましたね・・・
なので、そろそろだらだらモードを見直そうかと・・・
やらなきゃいけないこと、ないことはないんですよね(汗)
出てきたら自分の時間がなくなるっていうし、この際、6月の予定日でしたが、7月なってもいいや・・・と開き直る、今日この頃でした。
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・幼児教育
まったくもって ノープラン だったのですが、6月に入り、だらだらネットを見ていて「幼児教育」の存在を知る。
人間の脳の成長を考えると、0~3歳までの時期というのは非常に重要。3歳までにどのように過ごしたかで一生に影響するといっても過言ではないようです。
3歳までは与えられたものを何でも吸収する「パターン認識の脳」で、3歳以降からは「考える脳」へ変化、記憶も緩やかになっていくそうな。
0ヶ月に近いほど脳の成長が著しいようで、生まれてすぐから幼児教育を始める人も多々いるようですね。(そういったプログラム教材が売られている)
心(頭)に入ったことが人格をつくり、思考をつくり、人生を左右するに至ると、常日頃、考えている自分なだけに、ネットや書籍で読んだいろいろな3歳までの幼児教育の話に納得の部分、多かった。
大人になってからでさえ、心に何をいれるかに注意していくことで思考など変化していくのだから、子供だったらその影響はより大きいでしょうね。。。
余談ですが、自分、3歳ぐらいからの記憶があるのですが、その当時の自分の感情など振り返ると、すでにその頃には現在につながる性格など人格のベースがある程度出来上がっていたような気がする。思考回路を分析するに、いまと違って3歳児だから理性よりは本能よりで行動してることが多かったですが。
三つ子の魂百まで・・・というのは、あながちデタラメじゃないような気がします(汗)
親が手をかけなくても、子供は勝手に育っていくだろう、はっはっは・・・と軽く考えていたのですが、子供が小さいほど教育効果の効率はよく、勝手に育っていってもらうのは3歳以降にしたほうがいいと思い直しました(汗)
(よい土台をつくれれば、あとは手を抜いても、あまりおかしな方向へは育たないだろうと・・・甘い?!)
とはいえ、あまり旦那は育児に興味ないようですし、私も飽きっぽい性格なので、高額な教育プログラムに手を出したり教室に通わせたりと、熱心な親になることはないでしょう・・・。
何事も思い通りにいかないこと、多いですしねぇ・・・・。
生まれもった性格の素質ってのもありますよね。
コテツ(愛犬)の教育にも失敗してるし・・・(汗)
(素直でラブリーで超甘ったれなのですが、2歳を過ぎたいまも寂し鳴きをやめなかったり、散歩の際、紐の引っ張り癖があったり・・・)
教育熱心な親にはなれなそうな気がするので、天才児になってもらうとかは無理ですが(笑)、子供の心(頭)に毒を入れる親にはならないよう気をつけたいなぁ・・・とは思う。
今日もテレビで言っていたが、子供の虐待が増加しているという。
子供の頃のトラウマは、大人になっても心の傷として残る。
心に傷をもった、感情をコントロールするのが下手な、生き辛さを抱えた大人は、そのまた自分の子供に不幸を連鎖させてしまうことが多い。
(克服したつもりだけど、自分もちょっと危ない(苦笑))
全部ではないが、虐待する親の心理がわからないこともない・・・
虐待しているほうも自覚の有無は別として、健全な精神状態じゃないことに苦しんでいることも多かったりすると思う。
背景を考えると同情したくなる気持ちもわいてくる。
でも厳しいですが、どんな過去があろうと、大人なら自分のやったことに自分で責任をとらないといけないですがね。
やって許されることと、許されないことがある。
「人間は感情の動物ではない、感情を統御しうる生物なり(by天風)」
厳しいようだけど、自分の人生、自分で責任を持たないといけない。感情をコントロールできなかったので ごめんなさい、じゃ済まないこともある。
感情を統御しようとしないのは自分に甘いからで、その結果、たとえ自分の子供であっても他人を傷つけるのは正当なことじゃないように思いマス。
(感情統御の参考:外部から肉体的・感情的刺激を受けた場合でも、その衝撃が直接神経を痛めつけないようにするためには、頭で受けるんじゃなくて下腹部で受けるようにしたほうがいいようですよ・・・)
子供虐待増加の話に、その子供が大人になったときの連鎖や心の病増加を懸念して、ますます日本の将来が心配になってしまった・・・
病み病みの連鎖が続きませんように・・・
話は脱線しますが、
幼児教育の話を読んでいて、会社の社員教育についても考えてしまいました。
新しい環境の初期をどのように過ごすか?
特に新卒の新入社員の2~3年までというのは、入社した会社組織の常識を社会の常識と思ってしまったり、良くも悪くも先輩社員をその後の自分の成長の基準にしてしまったり、おかれた環境次第で仕事に対する意識やその後の成長に差が生じてしまうことが多々あるように感じる。
勝手に育つだろうと思わず、教育や組織風土を重視する会社と、そうでない会社、長期的に見れば社員の成長に大きな差が生じてくるんじゃないでしょうかねぇ・・・
生産性の高さはIQに比例しない・・・
高卒中心の会社でも、責任と権限を与え適切な目標管理、評価システムの元、仕事を任せる組織風土があるところだと学歴関係なく若手でもどんどん人材が育っていくし、逆に大卒中心でもそのような組織風土のないところでは、頭はいい人達のはずなのに、業務改善すら進まず、なんでこうも生産性の低い職場に・・・って感じになる。
公務員を見ていると、本当にもったいないよなぁ・・・と思う。
せっかく若くて優秀な人がたくさん入っても、新卒採用が多いことも一因かもしれないが、その組織しかしらないため、2~3年もすると外部から見ればおかしいと思う組織の考え方に、おかしいと感じなく麻痺してしまう人も出てくる。
もしくは、おかしいと思っても、自分を殺さないと組織でやっていけない・・・
時々、若手公務員の方々のモチベーション低下の嘆きを聞くので(苦笑)、日本や秋田を元気にと役所がスローガン出すのもいいけど、よい見本になるべく、まずは行政内部から職員さんが活き活き仕事できるよう変わっていけばいいのにな、と思うときがあります。あと少子化や婚活も。意外と独身公務員の人も多いですよね。足元から考えてみたらいいのに。
人材を殺すも活かすも・・・・、結局はトップ次第なので、行政上部の人達の意識改革ができるかどうかですが(苦笑)。
~時代を変えよう言うのはすべてをあきらめた人が言う言葉なんよ。自分ががんばれば,時代は自然と変わるんじゃねえの?~(ザ・ブルーハーツ「ドブネズミの詩」より引用)
なにげに公務の仕事についている人というのは多い。非常勤も含めれば、かなりの数だろう。
秋田でも親戚や身内に公務員がいたりって人は多いと思う。
あまり公務員批判って好きじゃない・・・というか、したくない。
私が逆の立場だったらって考えるとね。自分も新卒で公務員になっていたなら、その組織の常識が自分の常識に染まっていたかもしれないし。それに、大きな組織の中で、一職員というのは無力な存在である・・・
ただ組織の風土を作ったり仕組みを考える側(幹部や政治)の責任は重く考え、批判しますがね。
人を憎まず、背景を憎む。
あまり自分自身が出来てないので、小さな声でしか言えませんが(苦笑)、
官も民も関係なく、企業も個人も関係なく、「官」が悪い、「民」が悪いと責任を押し付けあうのでなく、他力本願になるんじゃなくて、まず自分からと、自分が頑張ってみるという姿勢が大事なんだろな・・・
あー、、、思いっきり、話が脱線して変な方向へきてしまいましたね。このへんで、この話は打ち切り。
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・四書五経
幕末、明治、昭和の初期の頃の偉人の多数に、幼少時代、「四書五経の素読」をさせられたという人がいるようですね。
その効果が評価され、現代でも幼児教育に「論語の素読」を取り入れているところも多々あるようで。
大人になってからでも効果はあるのかな?
さておき、「四書五経」、部分的には見てても、ちゃんと読んだことはないので、「大学」から、ちょっと読んでみたいと思うのでありました。

コメント

  1. >子供が小さいほど教育効果の効率はよく
    そうでもないみたいですよ。
    幼児教育などが言われだしてから、かなり立ちますが、小学校に入って一学期でそのアドバンテージが消えるともいいます。
    むしろ、今、問題とされているのは運動能力。
    かなり低下しているようです。
    >せっかく若くて優秀な人が入っても、その組織しかしらないため、2~3年もすると外部から見ればおかしいと思う組織の考え方に、おかしいと感じなく麻痺してしまう人も出てくる。
    僧侶など閉鎖的なのでそうですよ!(苦笑)
    >四書五経の素読
    漢文が読めるかどうかが大きいようです。
    実は江戸時代までの日本文化は、ほとんど漢文で書かれているといっても言い過ぎではありません。
    すなわち漢文が読めるかどうかは、中国文化というより、日本文化を理解できるかどうかの分岐点だと思います。

  2. 三人文殊さんへ
    >幼児教育などが言われだしてから、かなり立ちますが、小学校に入って一学期でそのアドバンテージが消えるともいいます。
    そうなんですか。あまり過剰に期待するのはよくなさそうですね。
    そして運動能力、低下してるんですか・・・
    気に留めておきたいです(汗)
    >僧侶など閉鎖的なのでそうですよ!(苦笑)
    思わず笑ってしまいました(笑)
    現役の方が言われると説得力あります。
    見識を深めるためにも、多様な考え方を知ったり視野を広げるということは大事ですよね。。。(苦笑)
    >漢文が読めるかどうかが大きいようです。
    漢文読むの、多分 無理・・・
    (よく分かりません(汗))
    亡くなった祖父なんかは、漢文になじんでいたようなので、ちょっと前の日本なら、漢文を読めていて、四書五経も教養として知っていた人が大勢いたんでしょうね・・・
    戦前生まれの日本人の精神力の強さの要因の1つは仏教や儒教など東洋哲学に親しんだ人が多かったからかなと思って、四書五経にも興味を持ったのですが、漢文にこだわらず読みやすい本から読んでみたいと思います。
    でも漢文を読めることが日本文化の理解という話になるほど・・・と思いました。
    漢文のまま読めたら いいなぁ・・・

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